テニスの有名選手

大坂 なおみ(おおさか なおみ、: Naomi Osaka、1997年10月16日 – )は、大阪府大阪市中央区出身の女子プロテニス選手[4][5]。 WTAランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス324位。これまでにWTAツアーでシングルス7勝を挙げている。うちグランドスラムは通算4勝で、2018年と2020年の全米オープン、および2019年と2021年の全豪オープン優勝者。身長180cm。体重75kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

2019年までは日米二重国籍だったが[5]、22歳の誕生日を迎えるにあたり日本国籍を選択[6]、選手登録は日本[7]日清食品ホールディングス所属[8][9]。マネージメントはIMG。拠点はボカラトンエバートテニスアカデミー[10]。姉の大坂まりもプロテニス選手。

シングルの選手として、男女を通じてアジア国籍選手で初の世界ランキング1位[注 1]。日本人初のグランドスラムシングルス優勝[注 2]プレミア・マンダトリー優勝。日本人史上3人目となるWTAファイナルズ出場。WTAアワード年間最優秀新人賞[11]

石井さやかSayaka Ishii

ユニバレオは、プロテニスプレーヤー石井さやか選手と所属契約を結びました。
石井選手と共に、世界へ挑戦していきます。

選手からのメッセージ

この度、ユニバレオ所属としてプロ活動をスタートすることになりました。
今後は、このユニバレオのワッペンを身に着け、世界中を駆けまわってきます。
そして、グランドスラム優勝に向けて頑張ります!

プロフィール

5歳からテニスを始める。9歳の時に全豪オープン、全英オープンを観戦。この観戦がきっかけで世界で活躍するプロテニスプレイヤーを目指す。小3から海外遠征を始める。ジュニアとして数々の好成績を収め、2022年11月のビリージーンキングカップでは、自身初めての日本代表に選出。2023年全豪オープンジュニアでは女子単複ベスト4、シングルスジュニアランキング自己最高の8位となる。プロ転向を迎え、これからの世界で活躍が期待されるプレーヤー。父は現横浜DeNAベイスターズ、チーフ打撃コーチ石井琢朗氏。

小田 凱人(おだ ときと、2006年5月8日 – )は、日本のプロ車いすテニス選手。愛知県一宮市出身。東海理化所属[1]

経歴・人物

愛知県一宮市出身。名前の由来となったのはフランス凱旋門。小学校は地元の一宮市立瀬部小学校、中学校は一宮市立西成中学校を卒業。小学生の時はサッカー少年であり、プロサッカー選手を目指していたが9歳の時に左脚に骨肉腫を発症。左脚の股関節大腿骨の一部を切除して人工関節に置き換える手術を受けた。このため車椅子生活となり、サッカー選手の夢を諦めることとなる[2]。その後、2012年ロンドンパラリンピック車いすテニス競技英語版)に出場する国枝慎吾を動画サイトで見た際、大きな感動を覚えたという[2]。また、入院中に担当医師から「パラスポーツを始めてみてはどうだろうか」と勧められたこともあり、「車いすテニスに心を動かされた」として競技を始めることを決意。退院後に関係先を当たって練習場所を教えてもらい、本格的に車いすテニスに取り組み始めた[3]

2020年に18歳以下の世界一決定戦であるジュニアマスターズの国際大会「Cruyff Foundation Junior Masters」に14歳で出場してシングルスとダブルスで2冠[4]。2021年には史上最年少で車いすテニスジュニア世界ランキング第1位となる[5]

2022年4月4日に東海理化と所属契約を結び[6][7]、28日にはプロ転向を表明した[8][9]。11月6日にはオランダで開催された車いすテニス年間王者決定戦のNECマスターズにてアルフィー・ヒューウェット英語版)(イギリス)を破り、史上最年少世界年間王者となった[10]

2023年1月に開催された全豪オープンでは準優勝となり[11]、4月に開催された天皇盃ジャパンオープンで初優勝を果たす[12]。4月28日に日本生命保険とスポンサー契約を結んだ[13]。6月に開催された全仏オープンで優勝、グランドスラムを初制覇、17歳1ヵ月2日で制し史上最年少での世界ランク1位が確定した[14][15]。7月、ウィンブルドンで初優勝し、グランドスラムを2大会連続で制覇した[16]

前年準優勝の雪辱を期して臨んだ2024年の全豪オープンでは、決勝戦で第1シードのアルフィー・ヒューウェット英語版)(イギリス)を相手に2-0(6-2, 6-4)で勝利し、大会初優勝を果たした[17]。続く全仏オープンは、第3シードのグスタボ・フェルナンデス英語版)(アルゼンチン)を7―5、6―3で破り、大会連覇を達成した[18]

2024年には18歳でパリパラリンピックに初出場し、三木拓也英語版)と出場したダブルスでは、9月6日の決勝でイギリスペアに惜しくも敗れたものの銀メダルを獲得した[19]。翌日の9月7日にはシングルス決勝にて、ダブルスで敗れたイギリスのアルフィー・ヒューウェットと対戦した。6-2、4-6とフルセットとなり、3セット目にゲームカウント3-5から相手にマッチポイントを一度握られるが凌ぎ切り、その後2ゲームを連取し6-5で逆転し3セット目を制して勝利し金メダルを獲得。同種目では、パラリンピック史上最年少での金メダル獲得となった[20]。これで残すは全米オープンのみとなり、優勝すればキャリア・ゴールデンスラムを達成することになる。

錦織 圭(にしこり けい、1989年平成元年〉12月29日 – )は島根県松江市出身の男子プロテニス選手。松江市立乃木小学校開星中学校青森山田高校卒業[1]ATPランキング自己最高位はシングルス4位、ダブルス167位。ATPツアーでシングルス12勝。身長178cm、体重73kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

アジア男子史上初のグランドスラムシングルスファイナリスト。2016年リオデジャネイロオリンピック銅メダリスト。

概要

この半世紀で最も活躍した日本人男子テニスプレイヤー。

ATP(男子プロテニス協会)が発表する世界ランキング自己最高位はシングルス4位(アジア男子歴代最高位[2])、シングルスとしては日本男子史上初の世界ランキングトップ10入りを果たした[3]

2014年全米オープン男子シングルスの準優勝者であり、アジア男子史上初のグランドスラム大会(4大大会)シングルスファイナリスト。また、シングルスとしてはアジア史上初のATPワールドツアー・ファイナルズ出場者。グランドスラムに次ぐ格付けのATPマスターズ1000では4度の準優勝[4]

ダブルス167位。

2008年に18歳の若さで、デルレイビーチ国際テニス選手権で優勝し、松岡修造に次いで日本男子史上2人目のATPツアーシングルス優勝者となった。これまでにATPツアーにおいてシングルスで日本人史上最多の12度の優勝、ダブルスでは準優勝を1度記録。

2016年にはリオデジャネイロオリンピック男子シングルス銅メダリストとなり、テニス競技のシングルスでは男女通じて日本人2人目(ダブルスを含めると3人目)、熊谷一弥以来96年ぶりのメダルを獲得した[5]。また、オリンピック3大会連続ベスト8進出も達成している[6]